My Favorite Songs ① ~ 『雨降り道玄坂』  

単純に好きな曲を、これから不定期にアップすることにしました。


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一番目に登場させたのは、「ふきのとう」です。高校三年(昭和52年)の文化祭で弾き語りをした時の一曲。そのときの様子は、今でもカセットテープで手許にありますが、とても聴けたものではありません。

思えばあの時、友人たちは大学の受験勉強に熱心に取り組んでおり、半年後その多くは一流大学に合格していました。
当時、私はある事情があり勉強に没頭できず、現実逃避する傾向がありました。
勉強で落ちこぼれた私にはギターを持って歌うことしか、存在をアピールする手段がなかったわけです。

そんな私でも、一年後は必死に勉強しましたが、「ドウゲンザカ」という響きに憧れた東京での大学生活は所詮、夢でしかありませんでした。自分のクルマは車検毎に買い替えても、息子に仕送りをするようなお金(気持ち)は父親にはなかったのです。

…あれから30年以上経ちました。
当時、首都圏で暮らすことなど思いもよらなかったのですが、こうして都下に住んでいると、たまに渋谷に行くことがあります。そして、道玄坂を上りながらヤマハの店などに行くとき、あの頃のことをふと思い出すことがあります。
歌詞に出てくる“電話ボックス”や“バス停”がどこにあったのかをイメージしながら…

その後、ふきのとうは解散し、今では細坪さんだけが活動しています。


この記事へのコメント

おかん
2009年03月17日 23:12
 宇助坊さん、こんばんは。
 ”どうやったらそんな激しい恋をしたり失恋できるんだろう” そんなことを考えていたかな。
 この曲を好きだった子がいたのですが、きっと彼女は好きな人がいたんでしょうね。家庭的にはどこかさびしかったのか私のお弁当をうらやましがっていました。他にも恋をしている友達とかいたのですが私ったらそういうのに疎くて、私があまりに聞かないから”ちょっとは聞いてよ”ってよく怒られました。
 道玄坂より秋葉原・・・アマチュア無線をやっていたのでそっちの方にあこがれていました。
 クラスにはさださんのファン、とんぼちゃんの追っかけをしている子もいましたよ。鴎外ばっかり読んでたな。
 ”あの頃”の話はまたのお楽しみに・・・。
 高校行くのも大変だった時代、お互いその上の学校に行けたんだから感謝しましょう。
宇助坊
2009年03月17日 23:34
おかんさん、こんばんは。
あまりにも早いレスポンスに驚いています。

自分にとって高校時代は、多くの感覚を育んだ三年間でした。おかんさんのように読書に明け暮れることはなかったけど…。

裕福な家庭に生まれたかったと何度も思ったことがありました。でも、お金で買えないものを親から得たことも事実だから、感謝しています。その点、うちのこども達はどう思っているんだろうなぁ。

コメントをありがとうございました。
亥湖庵
2009年03月19日 22:08
こんばんは。
今週もお疲れ様でした。

ふきのとう・・・なつかしいですねぇ
私は「白い冬」かな。

今度は、お互いの「父親」を肴に
一杯やりましょうか。

では、良い連休をお過ごし下さい。
宇助坊
2009年03月19日 23:11
コメントありがとうございます。

そうです、懐かしい70年代フォーク!
今は、「父親」の存在というものを、自分に置き換えて考えるようになりました。
次回のテーマは、これでいきますか?

さあ、明日からは楽しみな三連休!と、言いたいところですが、例の食堂リニューアル工事の立会いで三日間出勤です。仕事ですから、仕方ないですね。

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